付録

 

「操体」はヒトが動物の感覚にたち返ること。このことは気功法や太極拳、ヨーガや真向法等、ヒトであることを高める道とは別の道をたどります。
動物の感覚、すなわち原始感覚は動物の持つ本能であり、そして本能は快を満たす行為をとります。
「操体」の全ては「快適感覚の聞き分け」、そしてその「快適感覚」を味わい、心身に通すことに集約されます。生体の持つ快適感覚とは「命(生命)」を保つ現象そのものです。ヒトという動物はいつのまにかその感覚を忘れています。操体は日々の生活において常に自分自身で心と体を快適に保つ感覚を目覚めさせます。

■操体法と操体■

 現在操体(法)は全国に広がり、施術法・健康法として各地域で普及されています。そのような状況において、操体(法)の捉え方について多少の意見の違いが出てくることは否めないことと思っております。よってこのページでは「操体あおき癒養院」による操体(法)の説明ということで、ご了承いただきたいと思います。

操体法:
 ここでは「息食動想+環境」のうち主に「動」の部分を「操体法」あるいは 「操法」という言葉を用いています。いわゆる「快適感覚の通る動き」で「身体(筋・骨格)のバランスを整える」 ことです。あおき癒養院での施術・指導が該当します。操体法には一人操体法と操者(補助者・介助者)が伴う二人操体法とがあり、とくに当院の施術における二人操体法は俗に「臨床操体」と言われます。一人操体法との違いは操者が操法を通し、快適感覚を確かめながら心身の不調の改善を図っていくことです。
操体法(操法)は体の歪み(ひずみ)が改善され、歪体(わいたい)から正体(せいたい)へ導かれる体感がもっとも得やすい世界です。
「一生をまにあう体で生きる」これほど幸せなことはないでしょう。操体法はこの幸せへのヒントを体に得ることができます。
操体:
「操体の哲理」は「息・食・動・想」+「環境」をトータルに捉え、さらに様々な宗教、哲学、芸術、武術、科学、民間療法、食生活、生活様式(文化、身体操作)等、国の東西を問わず人類が意味を持って育んできた世界の「根源」を捉えます。そこには理屈の入り込む余地はありません。なぜなら全てが人間自身が「快適に生きる」為の智恵として育んできたものだからです。だからこそ操体の哲理は極めてシンプルなものとなります。それはただ一つ「気持ちよく生きる」ということに集約されます。 しかしシンプルだからこそその内容は幅広く、また奥深いものです。操体を別称「実践哲学」と言われる所以がそこにあります。
まとめ:

 操体法は一般的に身体を調整する数ある手技療法のひとつと思われていますが、あくまでも「手技的・身体矯正的要素(療法的要素)」操体の世界では小さな一部分でしかありません。すなわち操体の哲理に則した身体の動かし方が操体法となります。
操体の存在は人間が健康的ではつらつとした生き方を得るための大自然の法則です。
命とは何か…例えば、魚の中に命があるのではありません。水の中にいるからこそ魚として生きていられるのです。(仮に魚の中に命があれば、水から出しても生き続けています。)人間も同じです。地上の空気のある場所、そして食物・飲み水があるからこそ生きていられます。また地球上の生命体は重力の下に存在してこその生命体です。すなわち生命とは環境によって「生かされている」ことであり、よって操体は生かされていることに「感謝」の想いを持つことを大切にしていくことなのです。

「人間は生まれながらに気持ちよく組み立てられている。素直に従えばいい」
橋本敬三先生談
 
は じ め に

 操体とは、故・橋本敬三医師(1897−1993)が、日本に古来から伝わる正體術(整体とは異なる)に東洋医学のエッセンスを加え、さらにセリエのストレス説などの近代医学知識を統合させたものです。 大学の神経生理学研究室におられた橋本敬三先生が、民間の病院にて治療を始めたのは昭和初期の頃でした。ところが、腰痛や肩こり等誰にでも起こりうる愁訴については西洋医学の知識を用いてもどうも思うように治療が施せないでいました。そのような状況のもと、患者は鍼灸師・骨つぎ師などの民間療法の方に行ってしまい、またそれで結構よくなっていることが分かったのです。
 そこで橋本敬三先生は医師という身分を明らかにした上で謙虚に鍼灸師、骨つぎ師などを呼んでいろいろ聞かれたそうです。
 そして解ったことは身体の愁訴は西洋医学のように局部的、対症療法的に捉えては解決しないと云うことと、筋骨格のバランスが重要である、ということでした。橋本敬三先生は東洋医学、民間療法の根拠を探り(とくに高橋迪雄が実践されていた「正體術」からは多くのヒントを得、また鍼灸への造詣も深く師自身「毛鍼」を得意とした)、さらに、身体の整復には単に構造の力学的・物理的矯正では不十分であることもつきとめ、人(動物)には「感覚」の聞き分けがあり、「快の感覚」すなわち心地よさ、気持ちよさが心身の活性化につながることにも気づきました。そしてついに一つの運動系の法則を発見することになります。それがすなわち「快方向へのバック運動」または「逆モーション療法」でした。骨格の配列異常、骨格筋の緊張、硬結が心地よく(気持ちよさを感じる)方向へ動かすことによって正常な状態に戻ることが分かってきたのです。
 橋本敬三先生は独自の運動療法の成果を定期的に医学界に発表し続けながら、さらなる創意工夫を重ね、単に人体構造のみではなく、生活(活動)に関するさまざまな要因を探ることにより、操体法として体系づけていきました。

 

健康に生きるための4つのバランス
-息・食・動・想(そく・しょく・どう・そう)-

息:鼻呼吸でゆったりした息づかいをしましょう。長い息は「長生き」の秘訣です。

食:暴飲暴食は避け、栄養のバランスを考えた食生活をしましょう。

動:人間の身体の造りに添ったバランスの良い動き方をしましょう。

想:おおらかな考え方、想い方をしていきましょう。

 操体では「息・食・動・想」の4つを「誰も肩代わりしてくれない人間(個人)としての最低生活行為」としています。すなわち自分自身で行わなければならない生活行為であり、例えば、

口での呼吸をしていれば気管支や肺に負担をかけ、また顎もあがっていき、身体に「歪」をもたらします。

偏った栄養素の摂取、急いだ食し方等を行っていれば肥満や内臓へ負担を与え、身体の内面に「歪」をもたらします。

間違った体の使い方をしてれば筋肉に疲労を与えつづけ、それに付随する骨(関節)は筋肉の緊張(硬結)の度合いに変容し、身体に「歪」をもたらします。

憤りは腹を緊張させ、嘆きは背が丸まり、高慢は胸が反り返る、等、マイナスまたはネガティブな想いは身体に歪をもたらします。

と、4つの行為のひとつでも崩れた様子を持っていると身体は歪となり、歪は筋・骨格系の変容をもたらし、徐々に神経の流れを乱し、疾病の元となっていきます。


 逆にそれぞれの行為の内1つを正していくことで他の3つも正されていきます。 4つの行為のバランスはどれかが崩れると他も崩れていき、どれかが正されると他もただされていくという「同時相関相補性」の関係にあります。

さらに操体では5つ目のエレメントとして「環境」を付け加えています。「環境」は自己によって変えられることもあれば、自己をそれに適応させること、または現状よりは良いと思われる環境へ移る等いくつかの考えがあります。「環境」はストレスを生みます。いくら先の4つの要素が満たされていても「環境」が悪いとバランスが崩れていってしまうのです。操体はこの「環境」を考えることによって単なる人の健康という概念を越えて、広く「社会」にも問いかける考えを持っています。

このような考えこそ真の「ホリスティック」と言えるのではないのでしょうか。橋本敬三先生は人体の病に対し、半世紀以上前から既に「ホリスティック」の概念で接していたのです。ただしその概念が当時の医学界では人体の組織(細胞)的問題から抜き出ていたために「医学」として受け入れ難かったのでしょう。しかし現在では医学界は疾病に対し単なる細胞レベルの問題ではないことに気づきはじめ、医学界から操体に歩み寄りはじめています。また、医学界以外にもスポーツ(武道)界、美容業界、カルチャー(健康講座、生き方講座)、福祉業界等、さまざまな分野に操体法は「操体」という文化として招かれ、ここに操体法が操体となり単なる「治療法」ではない奥深さ・懐の深さ・幅広さがもたされています。

 

本能が求める「快方向」=「原始感覚」

 動物は本能の赴くままに生きています。すなわち自己の身体が「快」に満たされる行動をとっています。よって身体に何らかの不具合を感じたとき自らその不具合を解消するための動作を行ないます。 動物は自分の身体を自分自身で無意識にコントロールしているわけです。
  例えば猫は一日のうち約17時間以上を寝て過ごしています。ですからそれだけ身体を固めている時間が長く、人間以上に身体が凝ってしまってもおかしくありません。しかし、ご存知のように猫は高い塀に跳び乗れるほど大変しなやかな身体を維持しています。なぜなのでしょうか。人間との筋・骨格の構造の相違だけで論じると大切な部分を見落としてしまいます。それは猫が起きた直後の行動です。私達人間は目がさめてから直ぐに何をするでしょうか。ほとんどの人はそのまま立って何らかの行動をおこすでしょう。しかし猫は違います。行動をおこす前にまずは身体を縦に縮ませ、次に前脚を伸ばし、その後は後脚を伸ばしたりします。特に身体を縦に縮める行為は大変重要で、曲っていた姿勢をもう一度さらに曲げることで、次に行なう伸ばす動きを容易にさせています。よくギックリ腰になった状況を聞くと、中腰の姿勢で長く作業を行なった後、急に身体を反らしたら腰に激痛が走ったという話を聞くことが多いものです。人間は発達した大脳で合理的な考えを持ちますが、ときにその考えは自然の摂理からはずれてしまうことがあります。(このときの合理的な考えとは「曲げ続けていたのだから反ってみよう」ということです。)しかし腰背部の筋肉は実際はどのような要求をしているのでしょうか。中腰の姿勢とは身体を完全な前屈運動に達する以前に停止させている状態で、重力という負荷との「アイソメトリックス・トレーニング」を行っているのと同様の状態となっています。腰背部の筋肉は重力に負けないように体を静止させる働きをしているのですから、このトレーニングから身体を解放するには一度自然の法則に従ってゆっくりと重力に逆らわず前屈をおこなう(筋肉を負荷から解放させる)ことです。
  猫は本能で身体を動かすことによって「猫としての身体のバランス」を常に保っています。そして人間(動物)の運動系(筋・骨格系)にも正常なバランスを保つための整復コースを持っています。ですから行動を起こす前にじっくりと自分の身体に問いかけて見ることが大切です。無理な動作や痛みやツッパリ感のある動作は「不快」の感覚です。快適にそして気持ちよさのある動きを探り、身体に「原始感覚」を呼び覚ませてみてください。

誰もが無意識に行っている快適な動きの例:アクビ、伸び、寝返り

 

操法について

 操法(正体たらしめる本人自身の動き)にはけっして無理な圧力をかけることはありません。一言で言えば「気持ちよさのある方、やってみたい方へ動く」ことです。
  例えば直立して身体を左右にゆっくりと動きを味わうように捻るとします。このとき左の方向へ捻ると右よりは「いい感じ」で捻れるとします。その場合いい感じの左の方向のみ3回程(厳密には行ってみたい回数)軽く捻ります。するとその後あまりいい感じではなかった右の方向へ捻ってみると、先ほどよりも心地よく動くことが確認できます。極めて簡易な例として説明しましたが(実際は気持ちよさ、快感覚の聞き分けをもって操法はおこないます)、この様な簡易な現象だけでも操体独特の「妙」を感じると思います。
 また、肩のコリがひどい、腰が痛いといったよくある悩みについて、一般的な療法や治療では肩なら肩、腰なら腰へと局部へ何らかの処置を施すことに終始しがちです。しかしながら操体では肩コリや腰痛の現象は「結果」の現象と考えます。すなわち原因があって結果の症状が出ているのです。当然のことですが肩も腰も独立して存在しているのではありません。身体とは骨、筋、腱、内蔵、神経、血管等全て連なって形成されています。よって身体の動きには「連動」が伴います。この「連動」を利用し、前述した気持ちよさを感じる方向(または痛みから逃れ、開放感を得る方向)へ動き、さらに「気持ちいい」という感覚を味わう(心身に通す)ことで身体を自分自身で整復へ導きます。よってときには肩こりを足の拇趾の操法のみで解消できるときがあります。以下にわかりやすい身体の連動の例を説明します。

 仰向けに寝て両膝を立て、足幅も両膝の角度も楽な状態でいます。
  ゆっくりと(じんわりと)左右に床へ向かって両膝を倒してみます。このとき左右連続して動かすと、片方にハズミがつきますので、真ん中で停止して左右同条件で試してみることです。
 倒れる角度の範囲(稼動範囲)の違いではなく、「感覚」として左側(または右側)に倒してみたい、また倒す方が心地よいと感じたら、ちょうど両膝が左側(また右側)へ倒れていく所にクッションまたは布団を丸めたようなものを置いて行ってみましょう。
  両膝をそーっと倒していくと、クッション(布団)に触れ、さらにそのまま自然に倒していく(動いていく)とクッション(布団)が柔らかな抵抗となり、そのまま徐々にお尻が上がるような感じとなり、同時に腰から上(胸、肩、腕、首、頭等)も自然と動きだします。素直に感じるままに動いてみてください。これがすなわち「連動」です。人間(動物)は一部分だけを動かしているのではなく、全身が連動して動いています。
  さらに気持ちいい(背中が伸びて気持ちいいとか、腰に開放感があって気持ちいいとか)、と感じたところで、その感覚をしばらく味わってみてください。そしてもう十分味わったな、と感じたらその後ストン(またはフニャ・クニャ)と脱力(解放)します。(※「脱力」せずとも、ただゆっくりと体をそのままバターが溶けるような感じでダランと解放するのもいいです。)脱力後は呼吸をゆっくり落ち着けてください。(もう1回行ってみたいと思ったら、素直にもう1回おこなってください。とにかくがんばったり、よくばったりしなければよいのです)。
  さて、動きを終えてみて先程あまりよくなかった右側へ倒してみると以前よりいい感じで動けるようになっています。

 以上、「気持ちよさを感じる動き」「身体の連動」の原理の応用により様々な身体の筋・骨格系(運動系)の障害を改善します。

 

「楽」と「快(気持ちのよさ)」は別物
 ついつい、可動性の良い方、動かし安い動きを「快」と勘違いしがちですが、可動性の有無にかかわらず「この動きに気持ちよさがあるかどうか」という「聞き分け」をもって行います。あくまでも「快適感覚」が体を正体に戻すのであり、よって単純に別段気持ちよさもなく「楽な動き」をすることは、ただ動いてるだけとなります。逆に「痛気持ちいい」とか「可動性は悪いけど、一度やってみたい」というのも体からのメッセージです。
このような感覚は自分に正直にならなければ得られません。頭(=脳)で感じるのではなく体が感じる世界です。よって「素直」な心になって自分自身の今の在り方を受け入れるところから操体ははじまります。

 

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